#80:ゴート卿邸(一)

 王城の建つ丘の中腹よりやや上、練兵場の隣に武骨な石造りの邸宅が建っていた。
 学校の中庭を思わせる広々とした庭に——芝生が張られているわけでもなく、単に赤土のグラウンドであったが——多くの若者が集って、武芸の訓練をしていた。
 この館の主であるゴート卿は、若いが見所のある若者を帝国各地よりスカウトして次代の騎士として育てており、選ばれた若者達も一日も早く一人前の帝国騎士になってゴート卿の恩義に報いようと日々修行に励んでいる。
(かわらないな、ここは)
 アークは好意的な目で修行に励む若者や子供達を眺める。ともすれば惰弱で怠惰な空気が漂いがちな王城の中で、ここだけは常に硬骨な気風と活気に満ちていた。
 そんなアークに気がつき、深々と頭を下げる者や直立不動のまま凍り付いてしまうものなど様々であった。
(アークトゥルス卿だ……!)
(『熱き氷のアークトゥルス』……本物だ!)
 そんな風に、騎士を夢見て切磋琢磨する若者達からあこがれと尊敬のまなざしで見られているのには全く頓着せず、アークは館の中へと悠然と歩みを進めるのだった。
 館の入り口を通り、護衛の騎士に取り次ぎを頼み数分待たされた後で
「お待たせいたしました、アークトゥルス卿」
 と、案内されたアークはいかにも頑丈そうな木の扉をノックした。
「おう、入れ」
「失礼します」
 瀟洒さには欠けているが、その代わりにやたらと頑丈そうな真鍮製のドアノブをひねり、アークは部屋の中へ入る。
 まず目に入るのは書類が整然と積み重なっている大きな机。その手前の、座り心地より仮眠の際の寝心地を重視したとおぼしき大柄のソファ。
 そして、机の奥の大きな椅子に腰掛ける、見るからに壮健そうな騎士の姿。
「良く来たな、アークトゥルス卿」
 年の頃は三十代後半と言ったところか。鋼の如く鍛え抜かれた肉体を、ちょっとヨレっとした騎士の制服で包んでいる。
 広い額——というか、ストレートに言うと頭頂部近くまでハゲている頭と、強い目力を持つ鋭い双眸が印象的な男だった。
 男の背後の刀掛けには、皇帝陛下より賜った黄金のサーベルがかかっていた。
 さらに、邪魔そうに椅子の背に引っかけてある上着には金モールが目立つ豪奢な肩章が輝いている。
 これらは彼が皇帝近衛騎士にして、帝国騎士団団長を兼任していることを現していた。
「旅に出ると言ってから三ヶ月は経ったかな」
 と言って、アークをにこやかに迎えたこの男こそ、最強の騎士の証である『帝国の双拳』の称号を皇帝より賜った、帝国騎士一万余騎の頂点に立つ騎士の中の騎士。
 それがこの館の主——ゴート卿であった。
「ご無沙汰しております」
 アークは相変わらずの静かな迫力に、知らずのうちに背筋を伸ばしながら一礼する。
 ゴートは常々『嫁も子供もいない自分の後継者だ』と公言してはばからないほどアークの騎士としての能力を買っていた。
 そして、これまた常々『最近の若いのは軟弱なのばかりだ』と放言しているゴートとしては自分の片腕が帰って来たのがうれしいのだろうか、猛禽類を思わせる鋭い眼光が幾分和らいでいた。
 そんなゴートとは対照的に厳しい表情で、アークは言う。
「ご報告とご相談をさせていただきたく」
 未だに旅姿のままで、いつもより硬い表情と雰囲気のアークの姿を見て、一度は和らいだ眼光がギラリと鋭くなった。
「ふむ……では、聞こうか?」

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