#81:ゴート卿邸(二)

 机に両肘を突き、組み合わせた手にあごを乗せ、長きにわたる報告をゴートは一言も口を挟まずに聞いていた。
(珍しいな……こいつがこんなに熱く話すなんて)
 歳に似ず、常に沈着冷静な態度を崩さぬアークが感情を消しきれぬまま報告している。
 ゴートはそんな意外な印象を隠そうとせず、実に興味深げな表情で話し続けるアークを見ていた。
 無駄な感想などを入れずに、だが情景描写は極めて詳細に、アークは目覚めた巫女と闘い敗れた事を報告する。
 アークの強さを知るゴートは、そのあまりに一方的な敗れ様を聞いて目を丸くする。
(謎の神殿で、長い眠りについていた古代ミュートスの巫女……か)
 情景を想像しようとして、そのシチュエーションの現実味のなさに頭を振った。
(安物の辻講釈だって、もう少し現実味のある話をするだろ)
 あまりに突拍子のない『設定』の話が、リアリストのアークの口から出たことにゴートは違和感を感じたが、報告に際してのあまりに真剣な表情とその中にかすかに浮かぶ悔しげな色を見て取って
(クニスカ卿の報告と合致する……冗談や嘘を言っているのではないな)
 と、合点する。
 テルプシコルの話の後で、アークは全滅したミュートス狩り部隊と遭遇した事を報告をはじめた。
 惨殺された部隊の様子を聞いて、ゴートは射殺すような鋭い眼光をアークに向けた。
 そして、死体をすべて埋葬して、装備は目立たぬように茂みの中に隠したということを語り
「——以上です」
 と、アークは長い報告を終えた。
 ずっと同じ体勢のままアークが最後まで語り終えるのを黙って聞いていたゴートだったが、何とも嫌そうに眉をしかめ、肉食獣が牙を剥くような表情をみせた。
「……『キマイラ』、か」
「兵士はおびえきった様子でした。おそらくは相当に強力なモンスターでは、と」
 どのあたりだ、と机の上の書類を避け、大きな地図を広げながらゴートは尋ねる。
 アークは少し思案をした後に、地図の上では街はおろか道も通っていないような辺境に位置する山中の一点を指さした。
「このあたりではないかと」
 それを見たゴートはゆっくりと頷く。
「なるほど……クニスカ卿も言っていた神殿の近くだな」
「はい」
 その返事を聞いてか聞かずか、ゴートはとんとんと地図を指で叩きながら言う。
「神殿の泉にミュートスの娘が来たということは……情報通り、この近くにミュートスの里があるということか」
 眉根にしわを寄せ、ゴートは嘆息した。
「——その部隊は、その里を目指したんだろうな」
 そう考えるのが妥当であると、アークは頷いて補足を入れる。
「城攻め用の装備を持っていました。すべての兵が重武装でしたが……」
 それを聞いたゴートは、いかにも嫌そうに眉をしかめて
「最近のミュートス狩りは荒っぽいな。捕獲する気がない」
 と、あからさまなため息をついた。
「もっとも、捕まえる方が殺すより大変だからな。それだけ素人みたいな奴らが多いんだろう。天下の帝国軍ともあろうことが、だ」
 ゴートは窓の外、熱心に稽古に励んでいる子供達に視線を移した。彼に見いだされた子供達のほとんどは孤児で、身分はおろか親もわからない子供ばかりだった。
「最近の騎士のせがれどもは鍛錬をサボるからな。荒事には使い物にならん奴ばかりだ」
 再び地図上に視線を移し、ゴートは帝都近くに記された『古戦場』のマークをとんとんと指で叩く。
「——平和が三百年も続くのも考え物なのかもしれん」
 騎士と言っても、モンスター退治や盗賊征伐などの小規模な小競り合いを除いて、闘いの場に赴くことはかれこれ百年以上もない状態だった。
 大陸最大の国家である聖イリオン帝国が他の国から攻め込まれるような戦争をすることなどはまったくと言って良いほどあり得ない情勢であり、戦争の時には国王の号令の元に組織される『騎士団』も式典の飾りになって久しい。
 肩書きは輝かしい『帝国騎士団団長』のゴートであるが、平時ではこれといった実権もなく、正直なところ名誉職と言ったところだろう。
「そういえば……ガレノス殿の配下では、ミュートス捕獲ナンバーワンは騎士ではなく賞金稼ぎの女戦士らしい」

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