#82:ゴート卿邸(三)

 ここ数年のお触れで、騎士でも兵士でもない一般市民がミュートスを捕獲すると賞金をもらうことが出来るようになっていた。腕の立つ言魂使いを騎士として取り上げることもあり、腕に自慢のロゴス使いが帝国各地から帝都イリオンに集まっていたのだった。
「生け捕りの方が賞金が多いだろう? だから、キッチリと殺さずに生け捕るらしい」
 死体でも賞金は出るが、生け捕りは死体の倍以上の金額になる。
 生け捕りのほうが、片っ端から殺してしまうよりも難しいことは言うまでもない。
 言いながら、ゴートはやれやれといった風に首を振った。 
「騎士の名家のせがれどもがわんさかいるはずなんだがな、あそこは」
 帝都に暮している騎士にはゴートのような叩き上げはほとんどおらず、名門貴族ばかりである。
 そうした名家の子女は、これまた名家の師匠に幾ばくかのお金を積んで騎士の許しを得ているケースがほとんどで、正直なところ体術どころか肝心のロゴスすらも使えるか怪しいような、惰弱な若者ばかりだった。
「まあ、そうは言っても」
 と、そこまで話して、ゴートはちらっとアークの顔を見る。
「……うちの二人も騎士の名家の出で、狩る気はなさそうだから同じか」
 それを聞き、おもわず苦笑したアークだったが、ややあって表情を引き締めながら居住まいを正す。
「それで、私はどのように動きましょうか?」
 質問を受けたゴートは、少し思案してから口を開いた。
「俺は形の上ではアークトゥルス卿の上役だ——が、『遊撃隊隊長』でもあるお前に対しての指令権はない」
 『遊撃隊』は組織的な行動を取らず、各騎士の自由裁量で行動をする騎士の一団である。
 戦時においては全帝国騎士の指揮権を持つ『騎士団団長』といえども、平時においては自由に行動できる遊撃隊のアークには命令を下すことは出来ない。
「だから、行動に対しての示唆は出来るが命令は出来ない」
 と、ゴートはじろりとアークの目を見る。
「それを承知の上で言うぞ、アークトゥルス卿」
「はい」
 そうまで前振りを入れるとなれば、命令に近い『示唆』に違いないとアークは背筋を伸ばした。
 その様子を見てゴートは、少しやわらかく目を細めた。
「家に戻って母親を安心させてやれ」
 意外な一言に、戸惑いの表情をみせたアークを見て、ゴートはニヤリと笑う。
「どうせ、今のことが気になってじっとしていられないだろう?だが、疲れた目をしている。まずはゆっくり休め」
 そして、ふうっと。ゴートは軽いため息をついた。
「それに、先にもどったクニスカ卿には調べ物をしてもらっている」
 前触れなく出たクニスカの名前に、意外そうな表情を見せたアークにゴートは頷いてみせる。
「例の……ムーサイの巫女に関してのことだ」
 『ムーサイの巫女』という単語に反応したのか、アークの表情が硬くなる。
 ゴートは手元の資料を、なんとなしにパラパラとめくりながら話し続けた。
「今まで帝国では触れられていないような建国期の資料を、片っ端から読みあさっているところだからな。しばらくは時間がかかるだろう」
 おそらく、閲覧許可が出ていなかったような古文書などをクニスカに解放したのだろう。そういう興味のある書物を前にすると二日三日図書室にこもりっぱなしになるのが彼女の基本姿勢であることをアークは思い出して深く頷いた。それを受けてゴートは少し苦笑気味に肩をすくめる。
「そちらは、クニスカ卿に任せるとして……アークトゥルス卿には別の調査をしてもらいたい」
 別の……?
 アークの顔にそういう疑問が浮かんだのを見て、ゴートはすかさず言葉をつないだ。
「ともあれ、ゆっくりと休んで鋭気を養うことだ」
 言い終えて、口を真一文字に結んでどっかりと椅子に腰掛けなおす。
 ——これで、話は終わりだという雰囲気を漂わせながら。
 アークはなおも食い下がろうかどうしようか、寸暇の迷いを見せたが
「……お心遣い感謝します」
 と、深々と頭を下げた。
「お言葉に甘え、今日は帰らせていただきます」
「それがいい」
 と、いかにも上機嫌にゴートは笑う。
「どんなに大きくなっても、カタリナさんにとってはいつまでも子供だからな。心配なもんだ」
 もっともらしく語った後、ゴートは二・三回首を振ってシニカルに笑った。
「……ま、独り者の俺が言っても説得力は無いが」
 その一言に笑みを浮かべて、アークは深く一礼した。
「では、出立の前には顔を出させていただきます」
「おう。まあ、一週間くらいは疲れを癒してノンビリすることだ」
 はい、と。もう一度頭を下げ、アークはゴートの部屋を退出したのだった。

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