#83:ゴート卿執務室前

 扉を閉め、アークはふうっと息をついて通路の方に向かって歩き出す。
 ちょうどそのタイミングで、来客とおぼしき二人組が角を曲がって来たのが見えて、アークは歩みを止めた。
 先方もアークに気がついたものか、動きを止める。
(……ん?)
 アークはその二人を改めて見て、心中で首をかしげる。
 二人とも初めて見る顔だったが、それ以上に奇妙な外見をしていた。
(……騎士じゃない、な)
 一人は身長百七十センチほどの若い細身の戦士で、顔の半分……目の周りを隠すような仮面をしているため、顔立ちは良く分からなかった。
 もう一人は従者とおぼしき小柄な少女。頭から全身をすっぽり包み込むマントのような服を着ており、こちらも服装のお陰で顔は良く見えない。
 一瞬、アークとその二人が通路で出会い頭に見つめあう形になったが
「失礼しました」
 仮面の戦士の足捌きは氷の上をスケートで滑るがごとき滑らかさで、相当な使い手であることがアークの目には見てとれた。
 戦士の後ろに続いた従者が普通の歩み方だったのも、仮面の戦士の修練のほどを際立たせたのかもしれない。
「こちらこそ失礼」
 言いながらアークは、二人に対して遠慮無く不審な視線を送る。
(……何故、城内で仮面を被る?)
 それほど密着したデザインではない仮面の隙間から見える肌や瞳には異常を見て取れなかった。特段、大きな傷を隠すためとかではないことは確かだった。
(従者も全身を覆い隠し、表情すら伺えないとはな……)
 従者もその見慣れない服装は神秘的——を通り越して、奇妙な雰囲気を醸し出している。
 アークはその怪しげな二人組をそれとなく警戒しながら、一歩前に出た。
「初めてお目にかかる。私は聖イリオンのフォーネス。帝国騎士アークトゥルス」
 そのアークの名乗りを聞いた仮面の戦士は一瞬背筋を伸ばした後で、恭しく頭を下げる。
「ご高名はかねがね……私はスフィンクス。武者修行中の戦士ですが縁あってゴート卿にお世話になっています」
 仮面の戦士——スフィンクスは澄んだ声でそう言うと、マントの少女を手で指し示した。
「後ろの者は、私の従者でネメアと申す者」
「よろしくお願いいたします」
 紹介された従者ネメアは——顔こそはマントのフードに包まれて見えなかったものの、幼さの残る少女の声だった——深々と頭を下げた。
 こちらこそ、と頭を下げながらアークは怪訝そうな表情になる。
(『スフィンクス』——おとぎ話に出てくる怪物の名前だな。謎かけで旅人を試す……)
 人間の顔に獅子の胴体を持つ怪物で、アークが子供のころに聞いた物語に出てきた覚えがあった。
 謎かけに答えられない旅人を捕らえて食い殺すモンスター……
(本名ではあるまい。偽名であるにしても……なぜ、そんな名前に?)
 なおもいぶかしむアークに、スフィンクスは浅く一礼する。
「では。ゴート卿に旅立ちの挨拶をしに参ったので失礼します」
「旅立ち?」
 聞き返してアークの動きが止まった瞬間に、すうっと滑るようにアークの脇を抜けて扉の前に立ったスフィンクスの後に、ネメアもややうつむき加減に続いた。
 いぶかしげに自分を見るアークに、スフィンクスは
「はい。これより、辺境の方へいかねばなりませんので」
 と、さらっと答え扉をノックする。
 一拍おいて『入れ』と言う声が中から聞こえてくるのを聞き、やわらかく微笑んだスフィンクスは
「いずれ、また」
 と、優雅にアークに一礼し、扉を開けてゴート卿の執務室へ入る。
 その後を続いたネメアは、アークに向かって深々と一礼してから静かに扉を閉めた。
(要するに、賞金稼ぎの類か……)
 廊下に取り残されたアークは、閉まった扉を見て眉根をひそめる。
 扉は厚く、立て付けもしっかりしており。中の会話はまるで漏れてこない。
 アーク、ふうっとため息をつくと
(帝都の……それも城門の中にまで怪しげな者が出入りするようになるとはな)
 と、なんとも嘆かわしげに首を横に二三回振りながら。
 その場を立ち去ったのだった。

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