#88:アークトゥルス邸 居間(三)

「ミュートス狩りもしているそうだけど、怪我などはしていない?」
「全く息災です。怪我もかすり傷程度で、それもすぐに直ってしまいます」
「父さんゆずりね。感謝しないと」
 そんな話をしながら、ふと何かを思い出したかのような表情になったカタリナは、にっこり笑ってアークに尋ねる。
「そういえば、あなたの弟子の……ジンくん?彼は元気?」
 コーヒーカップを持ち上げるアークの手がぴたっと止まる。
 コーヒーのおかわりをしていて、その瞬間を見ていなかった母は屈託無い口調で話し続ける。
「良い子なんでしょう?一度会ってみたいわ」
「そうですね……いずれ」
 アークにしては珍しく、歯切れの悪い答えを返した。
 そのままカップに口をつけるアークを、すこし不安げにカタリナは見る。
「今回、帝都にはどのくらいいるの?」
「一週間くらいでしょうか……」
 本心では三日くらいで出立したいところだったが
『一週間くらいのんびりしろと言っただろう』
 と、ゴートに言われるのが目に見えていたので自重した結果だった。彼の『自重』は母親を喜ばせた様子で、カタリナは安堵の表情を浮かべた後で優しく微笑んだ。
「そう。では、いる間はゆっくりして旅の疲れをとりなさい」
 その言葉に少し微笑みながら頷いて、ふと。アークは表情を曇らせた。
「父さんですが……手がかりはありませんね」
 言い置いて、軽く嘆息し首を振る。
「これで、帝都周辺はほぼ巡りました。あとは東部辺境区に行くことも頭に入れないと……」
 独白のように続けるアークを、表情を曇らせたカタリナは寂しげな表情で見る。
 ……正確には『父さん』の単語がアークから出た瞬間に、その顔は曇っていたのだが。
「まだ父さんを探しているの、アーク?」
 はい、と難しい表情を崩さぬまま頷くアークに、なおも寂しげにカタリナは言う。
「でも……父さんが出奔してから一〇年以上もたつのですよ?」
 疲れたような溜息をついて
「先の武闘大会の直後でしたから」
 と、あきらめの色濃くカタリナは俯く。
 そして、アークはそんな母の肩に手を置いた。
「探すと言っても、修行も兼ねてのこと」
 アークは帰宅してから初めて、自嘲するような笑顔を見せた。
「——正直、ミュートス狩りよりは良いですから」
 それを聞いてカタリナは寂しげな、でもどこか嬉しそうな表情で肩に置かれたアークの手に、自分の手を重ねる。
「アーク、あなたがしたいと思ったことをしているのならそれでいいのですよ」
 はい、とアークはしっかりと頷いた——母に分かりやすく伝えるために。
 アークとカタリナは天窓を見上げた。
 窓の外に瞬く星を眺める母と子。
 そんな二人を少し離れたところから、レクサは眺めていた。

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