#9:古代の神殿(一)

 小さな泉のほとりに建っている神殿は、まるでおとぎ話に出てくる泉の女神が住まう神殿のようだった。
(泉にアークのシャベルを放り込んでみようかな?)
 そんなことを考えて、ジンは泉を眺めた。
 だがしかし、もしも泉の女神が金のシャベルと銀のシャベルを持ってにこやかに浮上してこなかった場合——シャベルを『取りに行く』のは自分だと言うことを悟って、ジンは首を二、三回横に振った。
 アークは地図と神殿を見比べて、満足げに頷いて空を見上げる。まだまだ日は高い。
「思いのほか、近かったんだな」
 道中、何度か下生えに足を取られて転びそうになったり、足を踏み外して深い崖下に落っこちそうになったジン。アークのその独白に、同意はしかねるとばかりに苦笑して神殿を眺めた。白い石造りの綺麗な神殿で、大きくはないがため息が出るくらいに美しい建物だった。
 そして、建物を改めて眺めながら。ジンはなんとなしに疑問を感じて首をかしげる。
(でも、何の建物なんだろう?)
 細工物こそ少ないが、柱の造作や石と石との組み合わせの精巧さなど、かなりの手間と熱意を込めて造られたことが伺える建物だった。
 二人は正面に立って、神殿を眺める。建物の割には大きな扉は固く閉ざされてまったく開きそうな気がしない。それもそのはずで、その扉にはノブの類が見当たらなかったのだ。ぴかぴかに磨かれた大きな大理石の一枚板を二枚合わせたような扉は
(どうやって閉めたんだろう?)
 と、疑問が生じるくらいに隙間も見当たらないほどピッタリと閉ざされていた。
 そして、ジンはこの状況下で当然浮かぶ疑問を口にした。
「中に何が入っているんだろうね?」
 そのジンの疑問に、アークはもっともらしい口調で答えた。
「おとぎ話では、災厄が詰まっていて……開けなければ良かったと言うのが、良くある話だな」
 冗談のつもりか、アークは軽く笑いながら言う。
 ジン、力を込めてぐっと扉を押してみる。
「……開けない方が良いのかもね」
 まるで微動だにしない扉を前に、ジンは負け惜しみのように言った。
「——ん?」
 不意に、何かに気がついたような表情で、アークは神殿の背後を見ながら身構える。
「誰か来る、な」 
 ばきばき、と。林の方から下生えを踏み鳴らす音が聞こえてくる。
 アークは眉根にしわをよせながら、独白するように言った。
「まずいな……ここはミュートスの神殿だ」
「ミュートスの?」
 目を丸くするジンに、アークは手で合図した。
「俺の後ろに下がっていろ、ジン」
 そう言って、はあっと拳に息を吐きかけオーラをまとうアーク。
 そのアークの背後で、同じようにオーラをまといながら、まだ会ったばかりの頃にアークがミュートスについて語ったことをジンは思いだしていた。

「俺たちが使うロゴスは、言魂を力として闘いに使う技術だ」
 夜、食事を終えて焚き火にあたりながらアークは語り出した。
「古来より研究が重ねられて、修行さえ積めば少しの素質があれば使うことができる」
 ぽおっと。
 軽く拳に息を吐き、アークはオーラを光らせてみせる。
「対して、ミュートスというのはいにしえの言魂——生まれつき、選ばれた者しか使えない」
 生まれつき……と、つぶやくジンにアークは頷いてみせた。
「闘いではなく、主にケガを治したり日照りの時に雨を降らせたり、そう言うことに使っていたと言うが……」
 アークは言葉を選ぶかのように。ことさらにゆっくりと話す。
「誰にでも使えるものではないかわりに、強力な言魂の力があるのだという」
 バキっと、手にしていた枝を二つに折ってアークはたき火に放り込んだ。パチパチと小気味よい音をたてて、たき火がはぜる。
 たき火の明かりに赤く照らされた顔を上げたアークは、少し曇った空を見上げた。
「まあ、今ではめったにお目にかかれないものだ」

 そんな話を思いだし、ジンは軽く身震いする。
(……ミュートスの言魂使いなのかな?)
 この神殿が、仮にミュートスの神域だとした場合……残念ながら、どう考えてもジンとアークは侵入者であった。
 ぐっと。これから来るものに備えるべく、ジンは拳を握って身構えた。

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