#92:隠れ里(三)

「……帝国騎士、か」
 これだけの人数の人間を惨殺してのける……そこから推測される部隊の規模からして、指揮官はきっとそれなりの地位にいる騎士だろう。
 マックは何かを殴りつけたくなる衝動を抑えながら、沈痛な面持ちで地面にしゃがみ込んだ。
「俺ァ納得いかねェってンで、抜けちまったが……残った奴らが、こんなコトを……」
 血を吸ってどす黒く変色した地面の上からマックが拾い上げたのは、焼けこげた赤ん坊用のガラガラ。
 持ち主は——乱暴に放り投げられたのであろう、ひしゃげた……血まみれのベビーベッドの中で冷たくなっていた。
 どれがその子の母親だか、祖母だか祖父だかもわからない死体の山に向かってマックは深々と頭を下げた。
「すまねェ……本当にすまねェ……!」
 そのマックの上体を、強引に
「マックは悪くないよ!」
 と叫びながら、メイミィが掴んで引き起こした。
 予想外の行動に目を見開いて、マックは顔を上げた。
「こういう事をしたくないから——騎士を辞めてわたしたちと一緒に旅をしているんでしょ!?」
 マックの目の前には、両の目から涙を流し、それでも気丈にマックを見つめるメイミィがいた。
 ゆっくりと頭を振りながら、メイミィは広場の『山』を見る。
「こんなコトをした人と、マックは別だよ……」
 表情を歪ませて、泣き崩れそうになるのをメイミィはこらえた。
 そして、悲しみに歪んだままの顔でマックに向き直る。
「だから……マックは謝らないで」
 ぐっ、と。
 両手で掴んだマックの右腕は、まるで岩の様で。
 その腕で『ミュートスに加勢するんだ』と言った男が——見境なくミュートスを殺すような人間と同じはずはない。
 メイミィは力を込めてマックに言った。
「謝らなきゃいけないのは……こんなことをした人たちだよ!」
 それを受けたマックは少し複雑な表情で、メイミィの顔を見返す。
 そして、ゆっくりと立ち上がると無言のままマックはメイミィの背中を軽く叩くように撫でた。
「うっ……」
 張り詰めた糸のような気持ちが切れたのか。
 立ち上がったマックと入れ替わりに、メイミィはその場にしゃがみ込み、声を殺して泣きじゃくる。
 マックはただ無言のまま立ち尽くし、やるせない表情で里の惨状を眺めていた。
 
 そして、その背後で
「……私は」
 怒りを通り越し、ただ沈んだような声で
「ミュートスの民を護り、導くのではなかったのか?」
 と、テルプシコルは力なくつぶやくように言った。
 目線の先には、焼け野原と言っても差し支えないような里の惨状。
 ロゴスを操る帝国兵に蹂躙された、ミュートスの居住地『跡』。
「なんと言うことだ……」
 自嘲気味に笑う——ことすらできずに。
 テルプシコルは力なく呟いた。
「イリオンのフォーネス。ムーサイの巫女——か」
 それは、テルプシコルの生きた『イリオン』において、伝統と栄光に彩られた呼び名。
 民からの尊敬を一手に集め、ムーサイの巫女は人々の希望と同義であるとさえ言える存在だった。 

——天と大地にいと愛されしムーサイの巫女。そは神のごとくあれかしと、民を護り導かん。

 神殿で幾度も詠まれた叙事詩の一節を思い出し、テルプシコルは悔悟の表情をにじませてうつむいた。

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