#93:隠れ里(四)

「力が及ばぬにも、程がある……!」
 作物を実り豊かにし、人々に幸せをもたらす。
 そんな——戦いの為の力ではない巫女の言魂で、この里の為に、何ができたのだろうか?
 これだけの事をしてのけた兵達を相手に、自分は里を守れたのだろうか?
 いや、むしろ。
 マックが道を何度も間違えたお陰で、難を逃れる事ができたのではないか? 
 もしも、その場にいたならば。里の人々と一緒に殺されたのではないか?
(——タレイアやオレステスの如く)
 胸が締め付けられるような想いに顔を歪め、テルプシコルはうつむき、かぶりを振った。
 そして、積み重なった亡きがらや焼け跡になった里に背を向ける。
 ただ、この光景を見たくないと言う想いからなのか。
 里の外れに向かって下を向きながら、とぼとぼと歩いていったのだった。
 そして、里の外れにある谷のほとり。
 ただひとり、テルプシコルは無言のまま佇む。
 おそらくは、長い間この里を守っていたのだろう。
 険しい渓谷のほとりに生える大木に寄りかかり、眼下に広がる深い谷を眺めながら独りで考えに沈んでいた。
(この里は、決してわかりやすい場所にあったわけではない)
 何度も何度も。
 マックが地図を読み違え、たどり着けなかった場所。
 地図読みを変わったメイミィも同様で、詳細な地図がありながらも容易にたどり着けない。
 そんな場所にある里だった。
(だが……この有様だ)
 たどり着くまでには、獣道のような細い道を長々と歩く。
 数多くの軍勢など送ることが出来ないと思われたこの里にも、ミュートス狩りの部隊は襲いかかり、おそらくは交渉の余地もなく皆殺しにして行った。
 不意に嫌な考えが頭をよぎり、ぶるっと身を震わせる。
(もう——ミュートスは残っていないのではないか?)
 メイミィの里が最後に残った隠れ里だと言う可能性すら否定できない。
 それほど、容赦なく妥協のない襲撃だった。
 
 ——ミュートスは帝国の敵。

 未だに帝国と『戦争』をしていると言うことを、テルプシコルは思い知った。
(本気で、ミュートスを根絶やしにするつもりなのか……)
 不意に、自分を丸ごと飲み込んでしまうような大きな不安に潰されそうになって、助けを求めるかのように頭を上げる。
「あ……」
 その瞬間。
 全く予測していなかったものを見て。
 テルプシコルは驚きに目を見開いた。
(あれは……)
 崖の向こうに立つのは、仮面をかぶった細身の戦士。
 その服装も、顔の半分を覆う仮面にも見覚えはなかったが、テルプシコルはまるで雷に打たれたかのように棒立ちになった。

(あれは……あれは……)

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