#96:ゴート卿執務室(一)

 アークが帝都に戻ってから、一週間が経過した。
 すっかりリフレッシュして体力と気力ともに充分な様子で、アークは出立の挨拶にゴートの元を訪ねていた。
「目に光が戻ったな、アークトゥルス卿」
 目の前に立つアークの様子を見て、ゴートは満足げに頷く。
「家に帰るのは良いことだ。気持ちが安らぐ」
 と、言った後で少し自虐的な笑いをゴートは浮かべた。
「俺は身よりもない独り者だからな。帰りたくても帰る場所がない」
 それを聞いたアークは、リアクションに困ったものか軽くうつむいた。
 そして、こういう話をすると皆そういう反応になるのだろう。特にリアクションに頓着することなく、ゴートは椅子に腰掛け直した。
「さて……実はすこし気になっていることがある」
 これからが本題だ——そういう響きの言葉に、アークは表情を引き締める。
 ゴートは悠然と腕を組み、少し眉根に皺を寄せた。
「最近、ガレノス殿の配下にいるミュートス狩りの兵士……言魂使いではない一般兵で組織された部隊が、ミュートスの返り討ちに遭って全滅するという事が連続している」
 硬い表情で頷くアークに、ゴートはさらに話を続ける。
「……実際にミュートスの返り討ちかは不明だ。と言うのも兵士達はみなモンスターにやられた痕跡があるからだ」
 一拍の間。ゴートは嫌そうな感じに歯を剥いた。
「アークトゥルス卿が発見した部隊だけではない、ということだ」
 そう言って、ゴートはデスクから睨め付けるようにアークを見る。
 その視線に姿勢を正すアークに向かって、ゴートは両の目を閉じ、ため息混じりに首を振った。
「我らとミュートスの間には歴然とした戦力の差があると思ってはいるが……なにせミュートスの力は我らにとっては未知のもの」
 ゴートは右目だけ開けて、ジロリとアークの顔を見上げる。
「たとえば……言魂の力でモンスターを手なずけて、兵たちを襲わせていたりするのかもしれない」
 と、ゴートはロゴス使いの常識からは大いに外れるというか、あり得ないことを発言した後でアークの反応を待つように黙り込んだ。
 そして、アークは少しの沈黙の後で口を開いた。
「私は、その件について調べてくればよいのですね」
 その答えは及第点だったのか?
 なおも難しい表情のまま、ゴートは腕を組んで獣のように唸った。
「正直、雲を掴むような話だがな」
 ただ、と。
 前置きをして、ゴートはさらに厳しい表情になる。
「殺される兵士にだって家族もいれば恋人だっているだろう。そうそう手をこまねいて、無闇矢鱈に死なせるわけにはいかん」
 ふうっとため息をつき、少し不機嫌そうな響きでこう付け加える。
「それがたとえ——ガレノス殿の兵だとしても、だ」
 ゴートのため息混じりの言葉を受けてアークは深く頷いた。
「わかりました」
 そんな揺らがぬ口調のアークを見て、ゴートは少し表情を緩ませた。
「ともあれ、色々と不思議なことも多い。帝都でもなんだか一悶着おきそうな予感もする」
 そして、なんとなしに書架に目をやりながら、思い出したかのように付け加える。
「クニスカ卿もそろそろ書物での調べを終えると言っていた」
 クニスカに調査許可を出す際に書庫に入った際に見たげんなりするほどの量の未公開書物と、それを前にして興奮を隠しきれないほどに嬉しげだったクニスカの様子を思い出して、ゴートはちょっとシニカルにため息をついた。
「……いや、そっちはもう少しかかるかもしれないがな」
 そして、真顔になるとアークに正面から向き直った。
「この際だ。どんな小さな情報でも、即座にこまめに仕入れておきたい。今回は、あまり帝都を長く空けないようにしてくれ」
「了解しました。何かわかりましたら、逐一報告します」
 そう言うと、アークはしっかりと一礼して部屋を辞した。
「では、失礼します」
「おう、とにかく気をつけて行ってくれ」
 軽く手を上げて、ゴートはアークを送り出した。
 そして、アークは帝都に戻ってきたときの意気消沈はどこへやら。
 しっかりとした足取りで、ゴートの執務室を後にしたのだった。

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